祈りの回廊

祈りの回廊 2019年春夏版

未来へ受け継がれる文化財
~二体の大日如来~

 お寺には数百年、ときには千年以上前に造られた仏像が、当たり前のように祀られています。その背景には、像を後世に伝えるため、技術を受け継いできた仏師たちの存在があります。奈良市の円成寺には、鎌倉時代の天才仏師・運慶作の大日如来坐像〈国宝〉が祀られていますが、平成29年3月、その像を模刻した、新たな大日如来坐像が奉安されました。像を制作した東京藝術大学の藤曲隆哉さんは「文化財を未来へつなぐリレーは、今もつながっているんです」と話します。

法隆寺:夢殿本尊・観音菩薩立像[救世観音]〈国宝〉

写真左/藤曲隆哉氏が模刻した大日如来坐像 右/運慶作・大日如来坐像〈国宝〉

藤曲 隆哉 (ふじまがり たかや)

藤曲 隆哉 (ふじまがり たかや)

昭和57年東京に生まれる。
東京藝術大学大学院 美術研究科文化財保存学 保存修復彫刻研究室 博士後期課程修了。在学中から円成寺大日如来の模刻などに取り組む。現在同大学院非常勤講師。平成28年より合同会社藤白彫刻研究所代表

法隆寺:伝橘夫人念持仏〈国宝〉(写真:(株)飛鳥園)

円成寺相應殿に祀られる大日如来坐像〈国宝〉と四天王立像

八百余年を経て伝わる大日如来

 円成寺は奈良市東部の山間、市街地から車で20分ほどの場所に立つ古刹です。境内に入るとまず目に入るのは、平安時代の浄土式庭園の遺構である名勝庭園。その一段上の台地に、楼門(重文)、本堂(重文)、多宝塔などの堂塔が並びます。運慶作の大日如来坐像は、平成29年に新設された相應殿(そうおうでん)に安置されています。藤曲さんはこの像を、「やや肘を張るように智拳印(ちけんいん)を結び、正面はシンメトリックで緊張感のある造形ながら、横から見ると有機的な美しさがある。しかもどこにも破綻がない。運慶の最初期の作として知られていますが、以降もこの像を超える大日如来はないと思います」と絶賛します。
 藤曲さんがこの大日如来坐像の模刻を始めたのは、東京藝術大学大学院修士課程に在籍していた平成18年。模刻は、仏像修復の技術を学ぶ保存修復彫刻研究室のカリキュラムのひとつでした。「実は入学前は、何百年も前の仏像が今に伝わっていることを、当然のように考えていたんです」と藤曲さん。選りすぐりの木材を使い、一流の仏師が造るから丈夫なのだろうと、漠然と思っていたそうです。「でも、そうじゃない。何百年もの歴史の中で、それぞれの時代の仏師たちが修理しながら、受け継いできたものなんです」
 今は3D計測データなどもあり、ある程度研究室で作業することも可能です。しかし藤曲さんは、「それでも現場は大切」と話します。「どんなに優れたデータも、生の情報には敵わない。大日如来の足は結跏趺坐(けっかふざ)を組みますが、その足裏の湾曲は、下にある膝の形を感じさせるほど自然です。柔らかさすら感じるこの造形は、ピクセルやドットのデータを追いかけて彫るだけではできません」。藤曲さんは夏休み期間、境内の庫裏(くり)に泊まり込んで模刻に取り組みましたが、像の表面に残るわずかな漆の塗膜表情が、陽が沈むにつれ移り変わる見え方まで感じながら作業することが、とても大切だと感じたそうです。模刻した大日如来坐像は、以前運慶像が安置されていた多宝塔に祀られています。

運慶が求めた新たな造形

 藤曲さんは博士論文でも、この大日如来坐像について考察しています。その中で3Dデータを使った比較から、像は運慶の父・康慶と同じ図面を使って制作されており、その上で運慶は、図面より上体を約4度後傾させるという工夫をしていることを指摘しました。「制作者の目線で言うと、この約4度傾けるというのは、大変なことなんです。これには、当時の仏像彫刻について説明する必要があります」
 運慶が活躍したのは、平安末期~鎌倉初期。それ以前の仏像は、平安後期に定朝(じょうちょう)が確立した「定朝様(じょうちょうよう)」という様式が一般化していました。定朝様の代表的な例としては、木津川市の浄瑠璃寺に安置される九体(くたい)阿弥陀如来像〈国宝〉などがあります。「定朝様というのは、作り手の立場から見ると、非常に合理的なんです。例えば鼻先と腹部がほぼ垂直線上にあり、上体がスクエアの中にすっぽりと収まる。これは、用意された角材を無駄なく使うことにつながります」
 当時は仏像を作るための部材も、この定朝様の展開の中で流通していたと考えられ、康慶の図面は、その材に合わせて引かれたものと想像できます。「しかし運慶は康慶の図面を使いながらも、上体を後傾させるという新たな造形を作り上げた。これにより、運慶の大日如来は姿勢の制約から解放され、肘と胸を張った、自然で緊張感のある姿を手に入れました」。運慶はこの後もいくつか大日如来を制作していますが、上体の姿勢は円成寺の像と共通しています。相應殿では像の横に回り込むこともでき、運慶がこだわった姿勢を間近に見ることができます。
 運慶はなぜ、このような造形を生み出したのでしょうか。それには、運慶ら慶派仏師の工房が、古仏の多い奈良にあったことが関係していると、藤曲さんは考えています。「円成寺大日如来の光背の中心は、下にぐっと下がっています。これは、唐招提寺の千手観音立像〈国宝〉など、天平時代の乾漆像に見られる形です。運慶たちは古仏の優れた造形を、どんどん自分のデザインに取り込んでいった。奈良仏師といわれるゆえんだと思います」
 天平仏に限らず、奈良に伝わる仏像の多様性は、全国でも類を見ません。明日香村の飛鳥寺や斑鳩町の法隆寺では仏教伝来当初の飛鳥仏がアルカイックスマイルと呼ばれる微笑を浮かべ、奈良市の薬師寺では、白鳳仏の傑作といわれる薬師三尊像〈国宝〉が神秘的な美しさを見せます。また、宇陀市の室生寺金堂〈国宝〉では、中尊の釈迦如来立像〈国宝〉を中心に平安時代の5尊が堂々とした体躯を並べます(※)。運慶による新たな造形は、多様な仏像を守り伝えてきた、奈良の文化の厚みと無関係ではありません。
※一部は2020年に開館する寶物殿に移動予定。金堂に5尊が並ぶのは2019年5月まで

浄瑠璃寺:九体阿弥陀如来像〈国宝〉(写真:(株)飛鳥園)

浄瑠璃寺:九体阿弥陀如来像〈国宝〉
(写真:(株)飛鳥園)

唐招提寺:千手観音立像〈国宝〉

唐招提寺:千手観音立像〈国宝〉
(写真:(株)飛鳥園)

円成寺(相應殿):修復された四天王立像のうち持国天

円成寺(相應殿):修復された四天王立像のうち持国天

新しい技術が、文化財を次世代に伝える鍵

 相應殿の大日如来坐像の回りでは、小さな四天王立像がにらみを利かせています。こちらは、その造形から13世紀の造立と考えられており、傷みが激しいまま本堂に保管されていたものを、藤曲さんらが東京藝術大学大学院のカリキュラムの中で修復しました。「この四天王は、鎌倉時代の東大寺再建で康慶・運慶・快慶らが大仏殿に造った四天王の様式を伝える、“大仏殿様(だいぶつでんよう)”と呼ばれる四天王像です。東大寺の像は現存していませんが、その様式を伝える四天王が、運慶の最初期の大日如来と一緒に祀られている。とてもドラマチックな空間だと思います」
 この四天王立像に限らず、古くから寺や地域住民により守り伝えられ、修復を待つ仏像は全国にあります。中には円成寺の四天王立像のように、日本美術史を語る上で重要なものも少なくありません。「予算がつかずに修復ができない仏像は、たくさんあります。この問題を解決するために、3Dスキャンなどの新たな技術を積極的に取り入れ、修復家も努力をしています」
 ただ同時に藤曲さんは、新たな技術によって修復が楽になると考えるのは、間違いだと指摘します。「明治時代は文化財に測定器を当てて計測したり、時には、石膏を取ることもありました。模刻にしても、実物を横に置いて、見比べながら作業することもできたそうです。直接触れることで得られるものは大変多く、制作者としては、当時がうらやましい部分もある。しかし今は、そのようなことができる時代ではありません」
 文化財へのストレスを考えると、像に触れる回数は、少ないほど良いのは間違いありません。そんな中で、修復の技術を持つ新たな人材を輩出するには、文化財の3Dデータの蓄積はとても大切です。「今は、文化財と直接向き合える時間は限られている。そこは3Dデータなども上手に使い、期間短縮やコストダウンにつなげながら、技術はしっかりと次の時代へつないでいく。そういうベストミックスが求められているんだと思います。

素材から見る仏像の種類

 日本の仏像は圧倒的に木彫(もくちょう)の像が多いのですが、他にも銅製の仏像に鍍金をほどこす金銅仏(こんどうぶつ)、粘土(ねんど)で造る塑像(そぞう)、漆を用いて造る乾漆像(かんしつぞう)などがあり、特に奈良には、いろいろな材質の仏像が伝わっています。奈良国立博物館の山口隆介さんはその理由を、「仏像の素材がもっとも多彩だったのは8世紀後半、つまり奈良に都があった時代です。奈良の仏像の多様性は、大陸からもたらされる最先端の技術や文化がこの地に集中した結果でしょう」と話します。
 仏教が伝来した飛鳥時代は、金銅仏が多く造られました。現在に伝わる像としては、飛鳥寺の釈迦如来坐像(飛鳥大仏)(重文)や法隆寺の釈迦三尊像〈国宝〉などがあります。また木彫像も当時から造られており、斑鳩地域には法隆寺夢殿〈国宝〉の観音菩薩立像(救世(くせ)観音)〈国宝〉などが伝わっています。塑像や乾漆像が登場するのはもう少し後のことで、現存する作品では7世紀後半に造られた當麻寺の塑造弥勒仏坐像〈国宝〉と乾漆造四天王立像(重文)が、それぞれ最古とされます。つまり、奈良時代を迎えた頃には、現在に伝わる仏像の材質はほぼ出そろったことになります。ではなぜ、木彫以外の像は少ないのでしょうか。「まず塑像には、重量の問題がありました。地震に弱く、火災に遭っても持って逃げることができない。また漆は非常に高価です。財政面で、乾漆像を造り続けることは難しかったのでしょう」
 しかし山口さんは、塑像、乾漆像には木彫像には無い魅力があると話します。「私たちはモデリングとカービングという言い方をします。何もないところから肉付けして造る技法がモデリング、材を削って像を彫り出すのがカービングです。モデリングである塑像や乾漆像は、カービングの木彫像と比べると、肉身(にくしん)や着衣に柔らかな質感があります」
 平安時代になると塑像や乾漆像はほとんど造られなくなり、平安後期には“仏の本様(ほんよう)”と謳(うた)われる定朝様が流行、寄木造(よせぎづくり)の完成により、木材を組み合わせて大きな像も造られるようになりました。金銅仏はその後も造られていますが、作例はそれほど多くありません。「木を使う文化が発展した日本で、木彫像が多いのは自然なことです。しかし塑像や乾漆像には、木彫像とはまた違う魅力がある。奈良に伝わる多様な仏像は、永く後世に守り伝えなければならないものだと思います」

飛鳥寺:銅造釈迦如来坐像[飛鳥大仏](重文)(写真:(株)飛鳥園)

飛鳥寺:銅造釈迦如来坐像[飛鳥大仏](重文)
(写真:(株)飛鳥園)

釈迦如来坐像

写真左/法隆寺:木造観音菩薩立像[救世観音]〈国宝〉写真:(株)飛鳥園
写真中央/當麻寺:塑造弥勒仏坐像〈国宝〉写真:(株)飛鳥園
写真右/當麻寺:乾漆造四天王立像のうち持国天(重文)写真:(株)飛鳥園

奈良国立博物館(ならこくりつはくぶつかん)

奈良国立博物館 ならこくりつはくぶつかん

明治建築のなら仏像館と、正倉院宝庫のイメージを取り入れた東西の新館などからなる博物館。仏教美術の展示は国内で最も充実しており、なら仏像館では国宝・重文を含む飛鳥~鎌倉時代の貴重な仏像などを鑑賞できます。

  • 奈良市登大路町50 
  • 050-5542-8600(ハローダイヤル)
  • ●JR・近鉄奈良駅から市内循環バス「氷室神社・国立博物館」下車、徒歩すぐ
    ●近鉄奈良駅から徒歩約15分
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山口 隆介

山口 隆介 やまぐち りゅうすけ

昭和57年長野県に生まれる。
平成27年大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。
現在は奈良国立博物館学芸部主任研究員。専門は日本彫刻史で、鎌倉時代前期の慶派作品や鎌倉後期以降に奈良を拠点に活躍した仏師の作品研究に取り組む

円成寺(えんじょうじ)

写真:奈良市観光協会

円成寺 えんじょうじ

藤曲さんが模刻した大日如来坐像を安置する多宝塔は平成2年に再建されたもので、中は色鮮やかな仏画で飾られています。本堂には、定朝様の阿弥陀如来坐像(重文)や建保5年(1217)造立の四天王立像(重文)を祀っています。

  • 奈良市忍辱山町1273 
  • 0742-93-0353
  • JR・近鉄奈良駅から柳生行きバス「忍辱山(にんにくせん)」下車、徒歩約2分
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浄瑠璃寺(じょうるりじ)

写真:木津川市

浄瑠璃寺 じょうるりじ

奈良と京都の県境の山あいに広がる、当尾の里に立つお寺です。本堂〈国宝〉は平安時代に多く作られた、9体の阿弥陀を祀る九体阿弥陀堂の唯一の遺構です。
※九体阿弥陀如来像は2023年までの予定で、常時1〜2体が修理中。

  • 京都府木津川市加茂町西小札場40 
  • 0774-76-2390 
  • ●JR・近鉄奈良駅から浄瑠璃寺行きバス「浄瑠璃寺」下車
    ●JR加茂駅から加茂山の家行きバス「浄瑠璃寺前」下車、徒歩約3分
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唐招提寺(とうしょうだいじ)

写真:奈良市観光協会

唐招提寺 とうしょうだいじ

聖武天皇の招きで来日した唐の高僧・鑑真(がんじん)が天平宝字3年(759)に創建。今も緑豊かな境内に、4棟もの貴重な天平建築が残ります。金堂〈国宝〉には千手観音立像〈国宝〉のほか、盧舎那仏坐像〈国宝〉、薬師如来立像〈国宝〉などを安置します。

  • 奈良市五条町13-46 
  • 0742-33-7900
  • ●近鉄西ノ京駅から徒歩約8分
    ●JR・近鉄奈良駅から奈良県総合医療センター行きバス「唐招提寺」下車すぐ
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東大寺〈とうだいじ〉

写真:奈良市観光協会

東大寺 とうだいじ

奈良のシンボルでもある大仏さま(盧舎那仏坐像)〈国宝〉を本尊とする寺です。南大門〈国宝〉の左右では、運慶が一門を率いてわずか69日で作り上げたという、高さ8mもの巨大な金剛力士立像〈国宝〉がにらみを利かせています。

  • 奈良市雑司町406-1
  • 0742-22-5511
  • ●JR・近鉄奈良駅から市内循環バス「東大寺大仏殿・春日大社前」下車、徒歩約5分
    ●近鉄奈良駅から徒歩約20分
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